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TWST/クルリド/A5/P52 ※クルーウェル先生が幼児化しています。 (本文より)  ナイトレイブンカレッジは、名門校である。  世界中のあらゆる国から選び抜かれた魔法士達が、黒い馬車の迎えを受けて、この学校へやってくる。  ――のはいいのだが。  耐火耐震ついでに防弾。  学園の教室に澄ました顔でおさまっている、窓硝子についての話である。  専ら座学に使われる普通教室でもそれなのだ。  実験室の窓などは、フロア全体を揺るがすほどの本日イチの爆発にも、 『風でも吹いたものかしら』  とでも言いたげにして、微かに身震いをしただけであった。  デイヴィス・クルーウェルは、くしゃみをした。  彼は、一年A組の授業中であった。  毎年のことながら、彼が担任を務めるクラスには、わかりやすく問題児が多い。  たとえば、二年前にはレオナ・キングスカラーも彼のクラスにいた。  昨年は、リーチ兄弟の弟の方を彼が引き受けていた。  まあ、要するに、そういうことなのである。  彼は存外そういう生徒に慕われる傾向にあったし、それなりに上手い具合に学びの道へと促してきたといえる。  とはいえ、彼の自己評価としては、それでも及第点には程遠いのだが。  そうして、今年もまた然り。  週に一度は誰かが問題を起こし、彼はそのたび仔犬を庇ってクロウリーに弁明をせねばならない立場にあった。  ナイトレイブンカレッジは名門校である。  そのはずであるのだが。 「やばいやばいやばい!」  騒いでいるのは、トラッポラか。  デュース・スペードは……、  ――ああ、どうやら無事らしい。  魔法薬学の授業中、ましてや実験途中の喧嘩など言語道断。  駄犬どもは後で厳しく躾直してやる必要はあるのだが――ともかく生徒には直接的な被害がなさそうだ。  確認し、クルーウェルはひとまず安堵する。  割れた実験器具の破片で傷を受けたのも、己の手の甲だけであったなら構わない。  だがしかし――……、 「まずいのは確かだな……」  問題は、頭から被った薬剤のほうである。  この講義で課題としていたのは、時間遡行薬。  要するに、対象となるものの時を一時的に巻き戻す薬であった。  一年生の課題とするようなものであるから、持続時間は比較的短い。  とはいえ、まず人体に使うようなものではないのは確かだ。  思考と記憶が千々に散ってしまうその前に、彼はクラスに向けて ――いつもよりも少しばかり高い声で、叫んでいた。 「本日の講義はここまで! 全員速やかに教室を出ろ!」  さて。  これがこの日の最後の授業であったのは、幸運だったというべきか、否か。  もくもくとたつ薄紫の煙にうっすら涙をにじませつつも、デイヴィス・クルーウェルはもう一度くしゃみをした。  煙は彼を覆い尽くそうとしているようにも、彼の身体から発されているようにも見える。  たった五分ほどの間に、彼は彼の生徒達を見上げるほどの身長にまで縮んでしまっていた。  まだあどけなさの残る顔立ちは、ようやっとミドルスクールを卒業しようかという年頃の少年のものであったので、 「いやこれマジでやばいって!」  エース・トラッポラは大いに困惑し、ことの元凶の一端であるグリムの首をぎゅうぎゅうと締め上げた。  元凶のもう一端、つまりデュース・スペードは、はくはくと唇を開閉させている。 「えっえっ、これって誰に相談したらいいの!?」 教室に残った四人のなかでは、監督生が一番解決の糸口に近いところにいたようだ。    そう――状況は、自分たちではどうにもならないのだから、彼らは誰かに助けを求めるべきなのである。  バタバタと慌ただしい足音がノックもせずに部屋に侵入してきたこともさることながら――、 「まったく。今度はなんなんだい?」  いつもの四人組を前にしたリドル・ローズハートは、すこぶる機嫌が悪かった。  今日のおやつは、トレイ手製のイチゴタルトの予定であった。  彼一人で食べきるのには少々量が多すぎるように思えたので、ここ 最近多忙であるらしい恋人に差し入れでもと考えていた矢先、これ以上ない騒がしさでトラブルがやってきたのである。  ――しかも、確実に面倒くさいのが。  エース・デュース・監督生がそろっている時点で、ろくでもない用件でないはずがない。  そこへデイヴィス・クルーウェルの名が出た瞬間、彼は顔を真っ赤にして、一昔前の瞬間湯沸かし器のような警告音を発した。 「うぎぃいいいいいっ!」  後に監督生が言ったところによると、『即刻首をはねられなかったのは奇跡』だそうである。  なぜならば。  リドル・ローズハートの恋人、彼がイチゴタルトの差し入れという可愛らしい理由付けまでしてこの午後を共に過ごそうとしていた愛しい男の名が、まさにデイヴィス・クルーウェルであったからだ。  ゆえに――である。  彼は、機嫌がすこぶる悪かった。  もっと正確に言えば、怒っていた。  一年生達の要点の纏まらない話に苛立ちもしていたが、彼の関心は恋人の安否に大きく傾いていた。  それでもまだ、下級生の前で寮長の顔を取り繕う程度のことはしてみせていた。  実験室の扉を開ける前にノックをするのも忘れなかったし、 『デイヴィス!!』  などと恋人の名を大声で呼ぶのもぐっと堪えた。 「失礼しまぁーす」  五人(四人と一匹)で覗き込んだ実験室は、静まりかえっていた。  薬品が入ったままの実験器具が、片づけられもせずに置きっぱなしになっている。  普段のデイヴィス・クルーウェルであれば、絶対にそんなことは許さない。  そのはずなのだけれども。 「一体これは、どういうことだい?」  その本人さえ、どこにもいなかった。 (一部抜粋)

RAISIN AND BERRY
TWST/クルリド/A5/P52 ※クルーウェル先生が幼児化しています。 (本文より)  ナイトレイブンカレッジは、名門校である。  世界中のあらゆる国から選び抜かれた魔法士達が、黒い馬車の迎えを受けて、この学校へやってくる。  ――のはいいのだが。  耐火耐震ついでに防弾。  学園の教室に澄ました顔でおさまっている、窓硝子についての話である。  専ら座学に使われる普通教室でもそれなのだ。  実験室の窓などは、フロア全体を揺るがすほどの本日イチの爆発にも、 『風でも吹いたものかしら』  とでも言いたげにして、微かに身震いをしただけであった。  デイヴィス・クルーウェルは、くしゃみをした。  彼は、一年A組の授業中であった。  毎年のことながら、彼が担任を務めるクラスには、わかりやすく問題児が多い。  たとえば、二年前にはレオナ・キングスカラーも彼のクラスにいた。  昨年は、リーチ兄弟の弟の方を彼が引き受けていた。  まあ、要するに、そういうことなのである。  彼は存外そういう生徒に慕われる傾向にあったし、それなりに上手い具合に学びの道へと促してきたといえる。  とはいえ、彼の自己評価としては、それでも及第点には程遠いのだが。  そうして、今年もまた然り。  週に一度は誰かが問題を起こし、彼はそのたび仔犬を庇ってクロウリーに弁明をせねばならない立場にあった。  ナイトレイブンカレッジは名門校である。  そのはずであるのだが。 「やばいやばいやばい!」  騒いでいるのは、トラッポラか。  デュース・スペードは……、  ――ああ、どうやら無事らしい。  魔法薬学の授業中、ましてや実験途中の喧嘩など言語道断。  駄犬どもは後で厳しく躾直してやる必要はあるのだが――ともかく生徒には直接的な被害がなさそうだ。  確認し、クルーウェルはひとまず安堵する。  割れた実験器具の破片で傷を受けたのも、己の手の甲だけであったなら構わない。  だがしかし――……、 「まずいのは確かだな……」  問題は、頭から被った薬剤のほうである。  この講義で課題としていたのは、時間遡行薬。  要するに、対象となるものの時を一時的に巻き戻す薬であった。  一年生の課題とするようなものであるから、持続時間は比較的短い。  とはいえ、まず人体に使うようなものではないのは確かだ。  思考と記憶が千々に散ってしまうその前に、彼はクラスに向けて ――いつもよりも少しばかり高い声で、叫んでいた。 「本日の講義はここまで! 全員速やかに教室を出ろ!」  さて。  これがこの日の最後の授業であったのは、幸運だったというべきか、否か。  もくもくとたつ薄紫の煙にうっすら涙をにじませつつも、デイヴィス・クルーウェルはもう一度くしゃみをした。  煙は彼を覆い尽くそうとしているようにも、彼の身体から発されているようにも見える。  たった五分ほどの間に、彼は彼の生徒達を見上げるほどの身長にまで縮んでしまっていた。  まだあどけなさの残る顔立ちは、ようやっとミドルスクールを卒業しようかという年頃の少年のものであったので、 「いやこれマジでやばいって!」  エース・トラッポラは大いに困惑し、ことの元凶の一端であるグリムの首をぎゅうぎゅうと締め上げた。  元凶のもう一端、つまりデュース・スペードは、はくはくと唇を開閉させている。 「えっえっ、これって誰に相談したらいいの!?」 教室に残った四人のなかでは、監督生が一番解決の糸口に近いところにいたようだ。    そう――状況は、自分たちではどうにもならないのだから、彼らは誰かに助けを求めるべきなのである。  バタバタと慌ただしい足音がノックもせずに部屋に侵入してきたこともさることながら――、 「まったく。今度はなんなんだい?」  いつもの四人組を前にしたリドル・ローズハートは、すこぶる機嫌が悪かった。  今日のおやつは、トレイ手製のイチゴタルトの予定であった。  彼一人で食べきるのには少々量が多すぎるように思えたので、ここ 最近多忙であるらしい恋人に差し入れでもと考えていた矢先、これ以上ない騒がしさでトラブルがやってきたのである。  ――しかも、確実に面倒くさいのが。  エース・デュース・監督生がそろっている時点で、ろくでもない用件でないはずがない。  そこへデイヴィス・クルーウェルの名が出た瞬間、彼は顔を真っ赤にして、一昔前の瞬間湯沸かし器のような警告音を発した。 「うぎぃいいいいいっ!」  後に監督生が言ったところによると、『即刻首をはねられなかったのは奇跡』だそうである。  なぜならば。  リドル・ローズハートの恋人、彼がイチゴタルトの差し入れという可愛らしい理由付けまでしてこの午後を共に過ごそうとしていた愛しい男の名が、まさにデイヴィス・クルーウェルであったからだ。  ゆえに――である。  彼は、機嫌がすこぶる悪かった。  もっと正確に言えば、怒っていた。  一年生達の要点の纏まらない話に苛立ちもしていたが、彼の関心は恋人の安否に大きく傾いていた。  それでもまだ、下級生の前で寮長の顔を取り繕う程度のことはしてみせていた。  実験室の扉を開ける前にノックをするのも忘れなかったし、 『デイヴィス!!』  などと恋人の名を大声で呼ぶのもぐっと堪えた。 「失礼しまぁーす」  五人(四人と一匹)で覗き込んだ実験室は、静まりかえっていた。  薬品が入ったままの実験器具が、片づけられもせずに置きっぱなしになっている。  普段のデイヴィス・クルーウェルであれば、絶対にそんなことは許さない。  そのはずなのだけれども。 「一体これは、どういうことだい?」  その本人さえ、どこにもいなかった。 (一部抜粋)