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twst/兄クル/A5/P40 捏造トラッポラ兄がいます。 モブ←クル要素強め 過去話。先生が先生になったばかりぐらいの頃の話。 3月に続編発行予定。 (本文より)  思いがけぬ先客の存在に、デイヴィス・クルーウェルは僅かに身じろいだ。  ああ――油断をしていた。  この日ばかりは、どうにもいけない。  すっかり脱ぎ去っていた教師の仮面をはりつけるのに数秒を要し、己を己たらしめる小道具を置いてきたことにクルーウェルは歯噛みをした。 「チッ」  舌打ちをして、足を速める。  教師としての己を思えば、目の前の生徒にかけるべき言葉は一つしかない。  そうと、わかっていた。  だけれども――……、  型どおりの指導ではどうにもならないものもある――ということも、クルーウェルは嫌と言うほど知っている。 「……さて……」  思春期というものはいかにも複雑で、幼さの殻を脱ぎ捨てようとする道程に過ちはつきものだ。  無論、それを責めることは簡単だ。  だが――……、 「……先生」  落ちた影に顔を上げた生徒は、クルーウェルを見上げてぽつりと声を落とした。  かしゅ、と掠れた音がする。  瞬くように揺れた炎はすぐに消えて、    ――さて、どうしたものか。    僅かに思案し、 「仔犬」  そう、呼びかける。 「そこで、何をしている?」  震えそうになる声を引き締めるだけで喉は痛んだけれど、それも、最初の熱が過ぎればどうということもない。  ――そう、思いたかった。 「お前は確か、トレイン先生のクラスだろう」 「……はい」  答える生徒に覇気はなく、 「あの……」  試みた言い訳は、声になる前に消えた。  手の中に在るものが全ての証拠だ。  言い逃れのしようがない。  唇を噛んで俯くその肩が震える。 「……煙草なら、ここは勧めない」  肩を竦めるクルーウェルに、 「……なぜですか」  戸惑いよりもどこか不満の強い声で、彼は問うてくる。  少しばかり挑戦的なその瞳に、クルーウェルはやれやれと息を吐いた。  その眉間に手を当てて、 「ここは俺の……、……いや、なんでもない」  言いかけて、やめる。  他人に聞かせるような話ではない。  軽々しく言葉に乗せられるほど、割り切れてもいない。  何年経っても、このざまだ。  尾を引く恋など幻覚で、馬鹿馬鹿しい自己愛だと思っていた。  少なくとも、彼に惹かれるまでは。  ――彼に、逝かれるまでは。 「……トラッポラ」  名を呼べば、仔犬はハッと顔を上げる。  燃えるような目元を飾る、藍を含んだ黒。  目尻から涙のように頬へと落ちる、三つ並んだハートのメイクが印象的だった。 「……吸うのか」 「…………」 「やめておけ。先生には、すぐに見つかる」  その言葉も終わらぬうちに、遠目に見えるトレインの姿。 「そらみろ……」  空を仰ぐそのかわり、クルーウェルは地にのびた影に目を落とした。 「……寄越せ」  一言で、仔犬の手から、それを奪い取る。 「え? あ……、」  驚く彼に一瞥をくれ、クルーウェルは取り出した煙草を唇に挟み、火をつけた。  橙。   小さく灯った頼りない火から、細い煙がふらりとのぼって、天に不規則な道筋をつくる。  一度肺に取り込んだそれを、少々意地の悪いやり方で分けてやれば、目に涙を浮かべて咳き込む仔犬が――無意識だろうが――クルーウェルの細い腰にすがりついてくる。  幼いものだ。  まだ十六の子供など。  思考が緩くぶれ始めた頃、眉を顰めるトレインと存外近くで目があった。  ひゅっと息を飲む掠れた音が聞こえ、身を竦めた仔犬の指先がクルーウェルの背に爪を立てる。 「いらしたんですか、クルーウェル先生」 「……ええ。いけませんか、トレイン先生」  剣呑に互いを呼び合い、視線を結ぶ。 「生徒の前で喫煙というのは如何なものか」  型通りの説教が始まる気配に、肩を竦めた。  退屈で、薄ら寒くて――胸の奥で燻るざわめきが凪いでいく。 「俺に火遊びを教えたのも、当時の教師だ」  凍った声が、裂けていった。 「……クルーウェル」  名を呼ぶ声さえどこか遠くて、 「子供の俺に、あんたらは何を教えた? 絶望か? 諦観か!?」 「……クルーウェル」 「大事なことは、なにひとつ教えてくれなかったくせに……っ」 「クルーウェル!」  言葉が過ぎた。  そんな風に切羽詰まった声で呼ばれなくても、理解はしている。 「……それこそ、生徒の前でする話ではない」  トレインの言うのは、正しい。  ――それでも。 「あの人だけが俺を信じて――あなただけが俺を裏切ったんだ。最初から見限っていれば、裏切ることもなかったのに……ッ」  世界が滲んで、ひび割れていく。  内からの痛みに引きずられて叫べば、不意に腕を惹かれた。  不安げに揺れる深い赤が、見上げてくる。 「先生……」 「デイヴィス」  同時に呼ばれ、吐き出しかけた強い感情を飲み込んだ。 「恨み言なら後で幾らでも聞いてやる。だが、生徒の前ではやめろ」 「子供だからと耳を塞いで何になる」 「もうやめろ、と言っている。煙草もな。聞こえなかったか? デイヴィス・クルーウェル」  指先を、強い熱が焦がした。 (一部抜粋)

水鏡、溺れる月に。
twst/兄クル/A5/P40 捏造トラッポラ兄がいます。 モブ←クル要素強め 過去話。先生が先生になったばかりぐらいの頃の話。 3月に続編発行予定。 (本文より)  思いがけぬ先客の存在に、デイヴィス・クルーウェルは僅かに身じろいだ。  ああ――油断をしていた。  この日ばかりは、どうにもいけない。  すっかり脱ぎ去っていた教師の仮面をはりつけるのに数秒を要し、己を己たらしめる小道具を置いてきたことにクルーウェルは歯噛みをした。 「チッ」  舌打ちをして、足を速める。  教師としての己を思えば、目の前の生徒にかけるべき言葉は一つしかない。  そうと、わかっていた。  だけれども――……、  型どおりの指導ではどうにもならないものもある――ということも、クルーウェルは嫌と言うほど知っている。 「……さて……」  思春期というものはいかにも複雑で、幼さの殻を脱ぎ捨てようとする道程に過ちはつきものだ。  無論、それを責めることは簡単だ。  だが――……、 「……先生」  落ちた影に顔を上げた生徒は、クルーウェルを見上げてぽつりと声を落とした。  かしゅ、と掠れた音がする。  瞬くように揺れた炎はすぐに消えて、    ――さて、どうしたものか。    僅かに思案し、 「仔犬」  そう、呼びかける。 「そこで、何をしている?」  震えそうになる声を引き締めるだけで喉は痛んだけれど、それも、最初の熱が過ぎればどうということもない。  ――そう、思いたかった。 「お前は確か、トレイン先生のクラスだろう」 「……はい」  答える生徒に覇気はなく、 「あの……」  試みた言い訳は、声になる前に消えた。  手の中に在るものが全ての証拠だ。  言い逃れのしようがない。  唇を噛んで俯くその肩が震える。 「……煙草なら、ここは勧めない」  肩を竦めるクルーウェルに、 「……なぜですか」  戸惑いよりもどこか不満の強い声で、彼は問うてくる。  少しばかり挑戦的なその瞳に、クルーウェルはやれやれと息を吐いた。  その眉間に手を当てて、 「ここは俺の……、……いや、なんでもない」  言いかけて、やめる。  他人に聞かせるような話ではない。  軽々しく言葉に乗せられるほど、割り切れてもいない。  何年経っても、このざまだ。  尾を引く恋など幻覚で、馬鹿馬鹿しい自己愛だと思っていた。  少なくとも、彼に惹かれるまでは。  ――彼に、逝かれるまでは。 「……トラッポラ」  名を呼べば、仔犬はハッと顔を上げる。  燃えるような目元を飾る、藍を含んだ黒。  目尻から涙のように頬へと落ちる、三つ並んだハートのメイクが印象的だった。 「……吸うのか」 「…………」 「やめておけ。先生には、すぐに見つかる」  その言葉も終わらぬうちに、遠目に見えるトレインの姿。 「そらみろ……」  空を仰ぐそのかわり、クルーウェルは地にのびた影に目を落とした。 「……寄越せ」  一言で、仔犬の手から、それを奪い取る。 「え? あ……、」  驚く彼に一瞥をくれ、クルーウェルは取り出した煙草を唇に挟み、火をつけた。  橙。   小さく灯った頼りない火から、細い煙がふらりとのぼって、天に不規則な道筋をつくる。  一度肺に取り込んだそれを、少々意地の悪いやり方で分けてやれば、目に涙を浮かべて咳き込む仔犬が――無意識だろうが――クルーウェルの細い腰にすがりついてくる。  幼いものだ。  まだ十六の子供など。  思考が緩くぶれ始めた頃、眉を顰めるトレインと存外近くで目があった。  ひゅっと息を飲む掠れた音が聞こえ、身を竦めた仔犬の指先がクルーウェルの背に爪を立てる。 「いらしたんですか、クルーウェル先生」 「……ええ。いけませんか、トレイン先生」  剣呑に互いを呼び合い、視線を結ぶ。 「生徒の前で喫煙というのは如何なものか」  型通りの説教が始まる気配に、肩を竦めた。  退屈で、薄ら寒くて――胸の奥で燻るざわめきが凪いでいく。 「俺に火遊びを教えたのも、当時の教師だ」  凍った声が、裂けていった。 「……クルーウェル」  名を呼ぶ声さえどこか遠くて、 「子供の俺に、あんたらは何を教えた? 絶望か? 諦観か!?」 「……クルーウェル」 「大事なことは、なにひとつ教えてくれなかったくせに……っ」 「クルーウェル!」  言葉が過ぎた。  そんな風に切羽詰まった声で呼ばれなくても、理解はしている。 「……それこそ、生徒の前でする話ではない」  トレインの言うのは、正しい。  ――それでも。 「あの人だけが俺を信じて――あなただけが俺を裏切ったんだ。最初から見限っていれば、裏切ることもなかったのに……ッ」  世界が滲んで、ひび割れていく。  内からの痛みに引きずられて叫べば、不意に腕を惹かれた。  不安げに揺れる深い赤が、見上げてくる。 「先生……」 「デイヴィス」  同時に呼ばれ、吐き出しかけた強い感情を飲み込んだ。 「恨み言なら後で幾らでも聞いてやる。だが、生徒の前ではやめろ」 「子供だからと耳を塞いで何になる」 「もうやめろ、と言っている。煙草もな。聞こえなかったか? デイヴィス・クルーウェル」  指先を、強い熱が焦がした。 (一部抜粋)