月詠雨集/STRAWBERRY MOON/BERYLUNA月詠雨集/STRAWBERRY MOON/BERYLUNA

恋するようにKissをして。

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A5/P40/\600/ポストカード付 キスの格言をモチーフにしたモゼクル。 (本文より) トレインの指先は、黒白の誘惑へと少しばかり乱暴に潜り込む。 認めるのは癪なことだが、それすらもこの仔犬――デイヴィス・クルーウェルの好む行為の始め方であった。 そろりと。 内側から持ち上げるようにして、柔らかな髪を撫でてやる。 最初とは質の違う刺激に、足元の仔犬はそれだけで嬉しげに喉を震わせ、小さく尾を揺らしてみせた。  仔犬――と呼べど、クルーウェルは立派に成人した男である。 ――二回り半近く年上の相手にうっかり恋などしなければ、相手など幾らでも選べたろうに。 トレインをしてそう嘆かせるほどには、仔犬の見目は美しかった。 ――なぜ、私だったのだ。  指に絡んだ繊細な銀を、気遣いなど知らぬと示すようにゆっくりと後ろへ引く。 仔犬は小さく声をあげたが、それが抗議の声なのか歓喜のそれなのかは判別しづらい。 毛艶も肌も、入念に施されたメイクも。 どれをとっても申し分のない男であった。 すっきりとした細身ではあるがつくべきところの筋肉はしっかりとついている。 彼と同じ年頃であった時のトレインと比較しても、決して見劣りはしない体格だ。 それに加えて上背もある。 実際、隣に並び立てば、見上げるのはいつもこちら側だった。 だが――ひとたび情事に及ぶとなれば、それは簡単に逆転するのが常の事。 元よりこの仔犬――デイヴィス・クルーウェルという男は、トレインの教え子であったのだ。 請うのはいつもクルーウェルの側で、トレインから彼を誘うことはない。 端から見れば不自然な関係なのだろう。 だが、互いに違和感はない。 少なくとも、そのことについて、クルーウェルがトレインに不平を言ったことはなかった。 で、あるならば――どれほど異質で歪な関係であったとしても、問題はあるまい。 それがトレインの結論であった。 「……さて」  ふと、声を吐く。  尾を振る仔犬は床の上。 ベッドに掛けるトレインを、物欲しげなまなざしで見上げている。 ナカに仕込んだ玩具の他は下着さえ身につけていない。 白い肌の上、薄い身体を汗が伝い落ちていく。 短く浅い呼吸は、平素より速い間隔で繰り返されていた。 それがまた如実に仔犬の興奮を伝えてきて、艶めかしくトレインを誘う。 見せつけるように開いた両脚の間、割れ目から伸びる長毛のそれが、ゆらゆらとカーペットを撫でるたびに、仔犬は頬を赤らめて、憐れみを強請るような声で甘ったるく鳴いてみせた。 ふと、時計の針を見やる。 「……ふむ」 日付が変わるには、まだ少しの間があった。 つまりは仔犬――デイヴィス・クルーウェルがこの部屋を訪れてから、そろそろ一時間ほどになろうかというところである。 尻で揺れる趣味の悪い玩具は、命じて自ら仕込ませた。 もっとも、トレインとて鬼ではない。 仔犬が愚図るのを見越してバスルームへは同行してやったし、恥じらう彼の排泄器官を性器へ作り替える手助けもしてやったのだから、むしろ今夜は充分すぎるほど慈悲をかけてやっている。 ――恥じらう様は、愛らしいものだが。  顔を赤らめて視線から逃げようとする仔犬は、どんな彼よりも煽情的であった。  思い出し、口角をあげる。  仕込んだ玩具が胎内を雌に馴染ませるのには、そろそろ丁度良い頃合いだろうか。 たらたらと雄芯から滴り落ちる涎蜜が、新調したばかりのカーペットを台無しにしていく。 ――さて、この先はどうしたものか。 小さく鼻を鳴らし、トレインは思考する。 仔犬の期待に褒美はやらねばなるまい。 といって、すぐに抱いてやるという選択肢は存在しない。 どこまでも焦らして、仔犬が泣いて縋るまで。 ――まったく、意地の悪いことだ。 この仔犬を前にすると、己でも呆れるほど簡単に、ひた隠しにしてきた本質を剥き出しにされてしまう。 ――まったく、どうかしているな。 首を振り、目の前の現実に意識を戻す。 「仔犬」  そう呼べば、仔犬は不服そうに鼻を鳴らした。 「どうした、仔犬」  名を呼んで欲しいのだと知りながら、トレインはもう一度繰り返す。 「……う、」  こちらを見つめていた視線が揺らぐのを見て、トレインはゆっくりと――見せつけるように――唇の端を持ち上げて、笑みの形に歪めてみせた。 「……まったく」  妙なところで幼い意地を張るものだ。  半ば呆れて、肩を竦める。  そんなクルーウェルの年齢に合わない幼さをもまた、愛しいと思ってしまう。  平時であれば驚くほどに口の回る男だ。  相手が己の夜の主であろうとも、構わずに噛みついてくる。 しかしこうして犬と扱われるものならば、己は人語を口にしてはいけない――とでも考えているのだろう。 ――馬鹿なことを。  トレインが彼にそうと仕込んだわけではない。  そういうわけではないのだが――……、 面倒なことに、この仔犬は昔から、愚かしくも優秀な生徒であったので。 「仔犬?」 三度目の呼びかけに、彼は目に涙さえ浮かべ、 「……ふうぅ……」  短くくぐもった声を出した。 ふるふると首を横に振り、喉奥で鳴く。  幼い仕草でみせる否定の意思表示に、 「おいで、デイヴィス」  ベッドの縁を軽く叩き、トレインは己の膝の間へと、健気な仔犬を呼び寄せてやった。  ほんの一歩の距離でさえ、クルーウェルは当然のように四つ足で這ってくる。 「いい子だ」 そう声を掛けてやって、トレインは仔犬の美しい白黒の毛並みを撫でた。 今度は、含みない慈愛でもって。 浅く灰みを帯びたブルースノウ。 その表面に薄く張った涙を指の先に絡め、そのままの流れで彼の形のいい耳の縁をなぞる。  微かに色を添える石の周りを指の腹で擦れば、それだけで、彼の仔犬は熱く息を吐いた。 「あ……ん、」 仔犬の漏らす声にあわせて、その柔らかい耳朶を引く。 「……ぁ……」 それが咎めに思えるのか、それともただ快感から逃げたいだけか、身を捩る仔犬は細く鳴いた。 「ふぁ……、……ぁ……」 しばらくそうして震える仔犬を弄び、満足げに笑みを浮かべたトレインは、 「欲しいか、ここに」  美しい頬の輪郭を辿って伝い下りた指の腹で、クルーウェルのうなじのあたりに触れ、ゆっくりと弧を描いてみせた。  何を、などと言われずとも、聡い仔犬はそれで理解するだろう。 「デイヴィス」  白い首筋を彩る赤い革は、仔犬の一等気に入りであった。  もとはといえば、半ば戯れ。  揶揄さえこめてくれてやったものなのだが。 「欲しいか、と訊いている」  兆し始めているその先端を掠めるように、足先を仔犬の腹に触れさせた。 「あ……ン、……くぅ……」  臍の上あたりを撫で上げるようにして足先を滑らせれば、仔犬はそれだけでひくんと小さく腰を跳ねさせる。  もじもじと尻を動かしているのは、こちらのやり方に焦れて、ナカの異物を感じるトコロに当てたいからか。  それは構わないが、 「……仔犬」  撫でてやっていた髪を後ろに強く引き、無理やり視線を上げさせる。 「問われたことには返事をしなさい」  強引に喉を絞められ、哀れな仔犬は潰れた悲鳴をあげた。 「あ……あぁ、ぅ……」  小刻みに痙攣し、意味をなさない音を吐くだけのそこに、掌を押し当てる。 「……欲しければ、取ってこい」  本物の仔犬であれば耳の生え際にあたる場所を擽るように撫でてやり、 「上手にできたら、ここへ……」  トン、と指先でその喉元を示す。 「……お前の望む褒美をやろう」  低く。  命じる時と同じ口調でそう約束をしたならば、トレインがそれを違えることはない。  そのことを誰よりもよく知っているのは、他でもないクルーウェル本人である。 「……ん、ぅ……」  頷く仔犬は主へと背を向けて、尻を上げた。 己を縛るためのそれを、咥えてくるために。 ふらふらと覚束ない足取りで進み、チェストの引き出しに手を掛ける。 そこまでしておいてから、何を思ったものか、クルーウェルは寸の間、全ての動きを止めた。 何事かと瞬けば、許可を求めるようにそろそろとこちらを振り向く。  小さく首を傾げてみせれば、その意味を汲みかねたのか、クルーウェルの整った眉の間に、深い皺が寄った。 折角の美しい顔立ちも、それひとつで随分と印象が変わる。 何度言い聞かせても直らない、クルーウェルの悪癖のひとつだ。 「デイヴィス」 自身の額を指先で示し、 「やめなさい」  トレインは、そうはっきりと告げる。  クルーウェルは何を咎められているのかわからないというように小さく首を傾げた。 一呼吸置いてから、ゆっくりと瞬く。 どうやら、ようやくトレインの言わんとしていることを飲み込んだらしい。 「あ……、……はい……」  消え入りそうに揺れた語尾に弱々しく付け加えられた『先生』という呼称。 そこに、明確な意図はないのだろう。 あるのは戸惑いと躊躇い。 それだけだ。 「……まったく」  立っていって、くしゃりと髪を撫でてやる。  この仔犬は、妙なところでやけに律儀だ。  すり寄ってくる浅い呼吸をなだめるようにおざなりに宥めてやって、 「お前の好きなものを選びなさい」  手の使えない彼の代わりに、その引き出しを開けてやる。 「お前の欲しがるもので遊んでやろう」  敢えて意地の悪い声音を選ぶトレインに小さく一瞥をくれ、クルーウェルはゆっくりと姿勢を下げた。  あまり整頓されていないそこへと鼻先を突っ込み、はふはふと息の音を立てながら目的のものを探す。 しばらくそうしていた彼が咥えとったのは、やはり緋の美しい首輪であった。 差し出してやった掌の上にぽとりと落とされた革製品の表面を、見せつけるように撫でる。 そんな僅かな愛撫でさえ、己以外のものに与えられるのは我慢ならないらしいクルーウェルに苦笑を向け、 「ほら、来なさい」  やんわりと声をかけ、ベッドへと導いてやる。 「おいで」 自分の隣を掌で叩き、シーツの上に乗り上げることを許してやってから、 「仔犬」 トレインは、もう一度彼にそう呼びかけた。 「顔を上げてこちらを見なさい」  はっきりと喉をさらけ出させ、欲しがる視線と視線を合わせる。 「いい子だ、デイヴィス。そのままじっとしていなさい」  呼吸を阻害するその姿勢でじっと動きを止めた仔犬は、この先に与えられる褒美を信じて疑わないようであった。 「くぅ……」  仔犬が微かに漏らした声を咎めるように眉間へと押し当てた指で、すっきりと伸びた鼻梁を撫で下ろしてやる。 「ひ……ッン」  くぅくぅとこちらの哀れみを誘うように鼻を鳴らす仔犬は、普段の彼とは似ても似つかない。 そんな従順な彼のために、ゆっくりと時間をかけて、ひとつの痛みもないように――……。 「どうだ、デイヴィス。キツくはないか?」  留め具を掛け終えて問えば、可愛い仔犬はふるふると首を横に振った。 革と皮膚の境にあるのは、指一本分の隙間。 トレインの意思ひとつで、簡単に喉を絞められる、わずかな余裕。 それを慈しみだと――愛だと思い込まされているこの仔犬は、なんと哀れなことだろうか。 ――だから、言ったのだ。    私に踏み込むべきではないと。 (一部抜粋)

恋するようにKissをして。
A5/P40/\600/ポストカード付 キスの格言をモチーフにしたモゼクル。 (本文より) トレインの指先は、黒白の誘惑へと少しばかり乱暴に潜り込む。 認めるのは癪なことだが、それすらもこの仔犬――デイヴィス・クルーウェルの好む行為の始め方であった。 そろりと。 内側から持ち上げるようにして、柔らかな髪を撫でてやる。 最初とは質の違う刺激に、足元の仔犬はそれだけで嬉しげに喉を震わせ、小さく尾を揺らしてみせた。  仔犬――と呼べど、クルーウェルは立派に成人した男である。 ――二回り半近く年上の相手にうっかり恋などしなければ、相手など幾らでも選べたろうに。 トレインをしてそう嘆かせるほどには、仔犬の見目は美しかった。 ――なぜ、私だったのだ。  指に絡んだ繊細な銀を、気遣いなど知らぬと示すようにゆっくりと後ろへ引く。 仔犬は小さく声をあげたが、それが抗議の声なのか歓喜のそれなのかは判別しづらい。 毛艶も肌も、入念に施されたメイクも。 どれをとっても申し分のない男であった。 すっきりとした細身ではあるがつくべきところの筋肉はしっかりとついている。 彼と同じ年頃であった時のトレインと比較しても、決して見劣りはしない体格だ。 それに加えて上背もある。 実際、隣に並び立てば、見上げるのはいつもこちら側だった。 だが――ひとたび情事に及ぶとなれば、それは簡単に逆転するのが常の事。 元よりこの仔犬――デイヴィス・クルーウェルという男は、トレインの教え子であったのだ。 請うのはいつもクルーウェルの側で、トレインから彼を誘うことはない。 端から見れば不自然な関係なのだろう。 だが、互いに違和感はない。 少なくとも、そのことについて、クルーウェルがトレインに不平を言ったことはなかった。 で、あるならば――どれほど異質で歪な関係であったとしても、問題はあるまい。 それがトレインの結論であった。 「……さて」  ふと、声を吐く。  尾を振る仔犬は床の上。 ベッドに掛けるトレインを、物欲しげなまなざしで見上げている。 ナカに仕込んだ玩具の他は下着さえ身につけていない。 白い肌の上、薄い身体を汗が伝い落ちていく。 短く浅い呼吸は、平素より速い間隔で繰り返されていた。 それがまた如実に仔犬の興奮を伝えてきて、艶めかしくトレインを誘う。 見せつけるように開いた両脚の間、割れ目から伸びる長毛のそれが、ゆらゆらとカーペットを撫でるたびに、仔犬は頬を赤らめて、憐れみを強請るような声で甘ったるく鳴いてみせた。 ふと、時計の針を見やる。 「……ふむ」 日付が変わるには、まだ少しの間があった。 つまりは仔犬――デイヴィス・クルーウェルがこの部屋を訪れてから、そろそろ一時間ほどになろうかというところである。 尻で揺れる趣味の悪い玩具は、命じて自ら仕込ませた。 もっとも、トレインとて鬼ではない。 仔犬が愚図るのを見越してバスルームへは同行してやったし、恥じらう彼の排泄器官を性器へ作り替える手助けもしてやったのだから、むしろ今夜は充分すぎるほど慈悲をかけてやっている。 ――恥じらう様は、愛らしいものだが。  顔を赤らめて視線から逃げようとする仔犬は、どんな彼よりも煽情的であった。  思い出し、口角をあげる。  仕込んだ玩具が胎内を雌に馴染ませるのには、そろそろ丁度良い頃合いだろうか。 たらたらと雄芯から滴り落ちる涎蜜が、新調したばかりのカーペットを台無しにしていく。 ――さて、この先はどうしたものか。 小さく鼻を鳴らし、トレインは思考する。 仔犬の期待に褒美はやらねばなるまい。 といって、すぐに抱いてやるという選択肢は存在しない。 どこまでも焦らして、仔犬が泣いて縋るまで。 ――まったく、意地の悪いことだ。 この仔犬を前にすると、己でも呆れるほど簡単に、ひた隠しにしてきた本質を剥き出しにされてしまう。 ――まったく、どうかしているな。 首を振り、目の前の現実に意識を戻す。 「仔犬」  そう呼べば、仔犬は不服そうに鼻を鳴らした。 「どうした、仔犬」  名を呼んで欲しいのだと知りながら、トレインはもう一度繰り返す。 「……う、」  こちらを見つめていた視線が揺らぐのを見て、トレインはゆっくりと――見せつけるように――唇の端を持ち上げて、笑みの形に歪めてみせた。 「……まったく」  妙なところで幼い意地を張るものだ。  半ば呆れて、肩を竦める。  そんなクルーウェルの年齢に合わない幼さをもまた、愛しいと思ってしまう。  平時であれば驚くほどに口の回る男だ。  相手が己の夜の主であろうとも、構わずに噛みついてくる。 しかしこうして犬と扱われるものならば、己は人語を口にしてはいけない――とでも考えているのだろう。 ――馬鹿なことを。  トレインが彼にそうと仕込んだわけではない。  そういうわけではないのだが――……、 面倒なことに、この仔犬は昔から、愚かしくも優秀な生徒であったので。 「仔犬?」 三度目の呼びかけに、彼は目に涙さえ浮かべ、 「……ふうぅ……」  短くくぐもった声を出した。 ふるふると首を横に振り、喉奥で鳴く。  幼い仕草でみせる否定の意思表示に、 「おいで、デイヴィス」  ベッドの縁を軽く叩き、トレインは己の膝の間へと、健気な仔犬を呼び寄せてやった。  ほんの一歩の距離でさえ、クルーウェルは当然のように四つ足で這ってくる。 「いい子だ」 そう声を掛けてやって、トレインは仔犬の美しい白黒の毛並みを撫でた。 今度は、含みない慈愛でもって。 浅く灰みを帯びたブルースノウ。 その表面に薄く張った涙を指の先に絡め、そのままの流れで彼の形のいい耳の縁をなぞる。  微かに色を添える石の周りを指の腹で擦れば、それだけで、彼の仔犬は熱く息を吐いた。 「あ……ん、」 仔犬の漏らす声にあわせて、その柔らかい耳朶を引く。 「……ぁ……」 それが咎めに思えるのか、それともただ快感から逃げたいだけか、身を捩る仔犬は細く鳴いた。 「ふぁ……、……ぁ……」 しばらくそうして震える仔犬を弄び、満足げに笑みを浮かべたトレインは、 「欲しいか、ここに」  美しい頬の輪郭を辿って伝い下りた指の腹で、クルーウェルのうなじのあたりに触れ、ゆっくりと弧を描いてみせた。  何を、などと言われずとも、聡い仔犬はそれで理解するだろう。 「デイヴィス」  白い首筋を彩る赤い革は、仔犬の一等気に入りであった。  もとはといえば、半ば戯れ。  揶揄さえこめてくれてやったものなのだが。 「欲しいか、と訊いている」  兆し始めているその先端を掠めるように、足先を仔犬の腹に触れさせた。 「あ……ン、……くぅ……」  臍の上あたりを撫で上げるようにして足先を滑らせれば、仔犬はそれだけでひくんと小さく腰を跳ねさせる。  もじもじと尻を動かしているのは、こちらのやり方に焦れて、ナカの異物を感じるトコロに当てたいからか。  それは構わないが、 「……仔犬」  撫でてやっていた髪を後ろに強く引き、無理やり視線を上げさせる。 「問われたことには返事をしなさい」  強引に喉を絞められ、哀れな仔犬は潰れた悲鳴をあげた。 「あ……あぁ、ぅ……」  小刻みに痙攣し、意味をなさない音を吐くだけのそこに、掌を押し当てる。 「……欲しければ、取ってこい」  本物の仔犬であれば耳の生え際にあたる場所を擽るように撫でてやり、 「上手にできたら、ここへ……」  トン、と指先でその喉元を示す。 「……お前の望む褒美をやろう」  低く。  命じる時と同じ口調でそう約束をしたならば、トレインがそれを違えることはない。  そのことを誰よりもよく知っているのは、他でもないクルーウェル本人である。 「……ん、ぅ……」  頷く仔犬は主へと背を向けて、尻を上げた。 己を縛るためのそれを、咥えてくるために。 ふらふらと覚束ない足取りで進み、チェストの引き出しに手を掛ける。 そこまでしておいてから、何を思ったものか、クルーウェルは寸の間、全ての動きを止めた。 何事かと瞬けば、許可を求めるようにそろそろとこちらを振り向く。  小さく首を傾げてみせれば、その意味を汲みかねたのか、クルーウェルの整った眉の間に、深い皺が寄った。 折角の美しい顔立ちも、それひとつで随分と印象が変わる。 何度言い聞かせても直らない、クルーウェルの悪癖のひとつだ。 「デイヴィス」 自身の額を指先で示し、 「やめなさい」  トレインは、そうはっきりと告げる。  クルーウェルは何を咎められているのかわからないというように小さく首を傾げた。 一呼吸置いてから、ゆっくりと瞬く。 どうやら、ようやくトレインの言わんとしていることを飲み込んだらしい。 「あ……、……はい……」  消え入りそうに揺れた語尾に弱々しく付け加えられた『先生』という呼称。 そこに、明確な意図はないのだろう。 あるのは戸惑いと躊躇い。 それだけだ。 「……まったく」  立っていって、くしゃりと髪を撫でてやる。  この仔犬は、妙なところでやけに律儀だ。  すり寄ってくる浅い呼吸をなだめるようにおざなりに宥めてやって、 「お前の好きなものを選びなさい」  手の使えない彼の代わりに、その引き出しを開けてやる。 「お前の欲しがるもので遊んでやろう」  敢えて意地の悪い声音を選ぶトレインに小さく一瞥をくれ、クルーウェルはゆっくりと姿勢を下げた。  あまり整頓されていないそこへと鼻先を突っ込み、はふはふと息の音を立てながら目的のものを探す。 しばらくそうしていた彼が咥えとったのは、やはり緋の美しい首輪であった。 差し出してやった掌の上にぽとりと落とされた革製品の表面を、見せつけるように撫でる。 そんな僅かな愛撫でさえ、己以外のものに与えられるのは我慢ならないらしいクルーウェルに苦笑を向け、 「ほら、来なさい」  やんわりと声をかけ、ベッドへと導いてやる。 「おいで」 自分の隣を掌で叩き、シーツの上に乗り上げることを許してやってから、 「仔犬」 トレインは、もう一度彼にそう呼びかけた。 「顔を上げてこちらを見なさい」  はっきりと喉をさらけ出させ、欲しがる視線と視線を合わせる。 「いい子だ、デイヴィス。そのままじっとしていなさい」  呼吸を阻害するその姿勢でじっと動きを止めた仔犬は、この先に与えられる褒美を信じて疑わないようであった。 「くぅ……」  仔犬が微かに漏らした声を咎めるように眉間へと押し当てた指で、すっきりと伸びた鼻梁を撫で下ろしてやる。 「ひ……ッン」  くぅくぅとこちらの哀れみを誘うように鼻を鳴らす仔犬は、普段の彼とは似ても似つかない。 そんな従順な彼のために、ゆっくりと時間をかけて、ひとつの痛みもないように――……。 「どうだ、デイヴィス。キツくはないか?」  留め具を掛け終えて問えば、可愛い仔犬はふるふると首を横に振った。 革と皮膚の境にあるのは、指一本分の隙間。 トレインの意思ひとつで、簡単に喉を絞められる、わずかな余裕。 それを慈しみだと――愛だと思い込まされているこの仔犬は、なんと哀れなことだろうか。 ――だから、言ったのだ。    私に踏み込むべきではないと。 (一部抜粋)